02、マーケッター・リサーチャーのための心理学講座社長ブログ これからのマーケティングリサーチを考える

マーケッター・リサーチャーのための心理学講座 第2回<認知心理学とはなにか(後編)>

マーケッター・リサーチャーのための心理学講座

人間はいかに環境に適応するのか

佐野
「認知心理学には情報処理モデルとともに、適応論的なパラダイムもあります。人間は固定された行動だけではなくて、ある意味可塑性をもっていて、環境に対応して構造モデル自体を変えることができる、というのが適応論的なパラダイムという風に考えてよいのでしょうか。」
渡邊
「適応論パラダイムは情報処理パラダイムと相反するわけではありません。PCのアナロジーで言うと、OSがアップデートされるだけの話だと思えばいい。あるOSで上手くいかなくなったから、ソフトウェアをアップデートするというのはいくらでも可能です。あるパラダイムが上手くいかない、情報処理がうまくいかないという時に、それを脳が変更することは可能な訳ですよね。変更できる(つまり固定されている)ということをもっていわゆる情報処理パラダイムがおかしいということは言えなくて、あくまでも情報処理パラダイムは、人の行動や認知を情報の流れとして捉えましょうという「態度」なのです。適応論的パラダイムはそれがどれくらい柔軟かに重点をおく考え方だと思ってください。適応論的パラダイムの極端なものが行動主義です。入ったものに対して毎回出力を変えているから、毎回情報をストアする必要はなくて、行動のレパートリーが頭の中に存在する必要がない。来たものに対して毎回適応する」
佐野
「毎回適応するというのは、すごく非効率な気がしますが。」
渡邊
「行動主義はそれでいい、それでも行動を説明出来ると考えるのです。前回の行動は記憶される必要がない。効率性の問題だと思うのですが、情報処理パラダイムというのは今まで上手くいったからこれを定番として使うようにします、と。それが失敗した時にどう変えるかの加減、変更する加減が人によって変わったりとか、前頭葉がやられた人は変えることができなかったり。そういう風に柔軟性を入れたのが適応論パラダイムだと思えばいいのかなと思います。」

脳のモジュール性とは?

佐野
「状況に適応できなくなる有名な例はありますか。有名な患者とか。」
渡邊
「例えば人格が変わったという話はありますね。フィアネス・ゲージの例ですけど、工事現場にいて鉄柱が頬の下から頭を突き抜けて、前頭葉の一部が損傷したのだけど、奇跡的に生き延びた人です。事故に遭う前までは社会に適応していて工事現場の監督として尊敬されていて、とてもいい人だった。事故後はギャンブルにはまったり、怒りやすくなったりしてダメになった。物を見たり、物を覚えたりするのはなんにも問題がない。これも脳のモジュール性の証明のひとつです。簡単に言えば、柔軟に物事に対して対応出来る能力だけがなくなってしまった。つまり、前頭葉がやられたらものが見えなくなるのではなく、記憶できなくなるのでもなく、ある特定のものだけがダメになる。この例が、ある意味情報処理モデルを一つサポートしています。コンピュータでは例えば、WORDが壊れたからってEXCELなども全部壊れてしまう訳ではない。そういう意味ではヒエラルキーというか階層性と、モジュール性みたいなのが頭の中とか情報処理の中にも存在するっていうと言えるのではないでしょうか。」
佐野
「その階層性とモジュール性の両方を持つということ、それが認知心理学の特徴的なパラダイムだということになりますかね。」
渡邊
「階層性もモジュール性の一つです。ただ、階層性の場合はここが壊れると上の方がダメというように順番が存在します。一方で、モジュール性っていうのは並列的です。話すことだけがダメだったりとか、物だけが見えなくなったりとか、そういう話です。」
佐野
「逆に、それに対する反証というのは今のところないのですか。認知心理学を否定するような。」
渡邊
「ありますよ。完全なモジュール性だとか、完全な階層性っていうのは全く証明されていないし、前頭葉だけやられて柔軟性がなくなったといっても、基本的には他のところもやられているのです。そこまで厳密なモジュール性はないですね。」
佐野
「脳の中でいろいろとモジュールというか分野を分けてはいても、かっちりコンピュータみたいに出口と入口を分けるわけにはいかないということですね。」
渡邊
「最終的に、脳は全体でひとつです。それにも関わらず、役割分担は結構存在する。情報処理といっても、順番にやるとは言っているけど、そうじゃない経路もいっぱいあったりする訳です。例えば、意識的にはある処理をするのだけれども、無意識では全然違う処理をしていて、意識的な処理をバイパスしてやってしまうところも存在する。そういうところを見つけ出せるという点に関して言うと、前もってそういう情報処理システムを頭の中に想定した上で色々研究していく方が、はるかに面白いし役に立つわけです。認知心理学とか認知科学というのは、応用にも近い。なぜかというと、何が出来ないか、どういうバイアスがあるのかというような考え方をするので、人は訓練すれば何でも出来るって発想ではないのです。」

渡邊 克巳(わたなべ かつみ)

2001年 カリフォルニア工科大学(Caltech)計算科学-神経システム専攻博士課程修了[Ph.D]
2015年〜 早稲田大学理工学術院基幹理工学部表現工学科 教授
専門分野「人間の顕在的・潜在的過程の科学的解明、認知科学・心理学・脳神経科の境界領域への拡張、実社会への還元を視野に入れた応用研究」

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