人間の柔軟性はどこから来るのか
- 佐野
- 「その柔軟性は、逆に言うとDNAレベルで決まっていたりする訳ですよね。」
- 渡邊
- 「いや、そこは分からないですね。脳の発現、形とか、シナプスの発現はDNAで決まりますけど、ある程度の考え方の柔軟性や見方の柔軟性みたいな事は、いくらでも学習できる。」
- 佐野
- 「いわゆる生得的なものと、そうでなくて事後的に学習によって取得するようなものは、ある程度分けられるのでしょうか?」
- 渡邊
- 「ええ。『生得的に考え方が柔軟な人』というのはいないんじゃないでしょうか。個人的な意見ですが。」
- 佐野
- 「生得的に決まっていると言う発言は危険な気もします。」
- 渡邊
- 「それもありますけどね。ひとつは柔軟性をどう定義するかの話だと思います。いわゆる天才と呼ばれている人たちの思考が柔軟か?というとそんな事はなかったりする訳で、社会的にただエキセントリックなだけかもしれない。実際に、例えば究極に柔軟になってしまったらたぶん全然面白味がない訳です。これで失敗した、あなたこうした方がいいよ、だから変える、と、言われた通りに全部変えていくだけになってしまう。それはたぶん柔軟性とはみなされない。一方で、絶対に変えないって人もそうではないわけですが。」
- 佐野
- 「それは単なる頑固です。」
- 渡邊
- 「頑固なだけですね。そこら辺のバランスの問題だと思います。だから、そこが生得的に決まっているかどうかという話はなかなかきちんとできないかな。当然、遺伝子レベルで決まっているところもありますし、その後の学習とかにかかっている部分もありますし、下手すると年齢によって変わったりする。歳を取ると頑固になって、人の意見を聞かなってきたりしますよね。昔はあんなに柔軟だったという人が、ある歳を境にすごく頑固になったりするじゃないですか。ああいうものを見ていると、そういう柔軟性みたいなものは、一人の人間の中で一定ではなくて、柔軟なときとそうではない時とが同居しているのではないかと感じます。」
クリエイティビティをどう定義するか
- 佐野
- 「ある意味とても効率よく情報処理するように学習してきた結果、ある考え方のパターンから抜け出せなくなってしまうという傾向はありますよね。」
- 渡邊
- 「そうですね、でもそれはどっちかというと結果論です。抜け出せないことが問題になっている時にはおそらくそうだと思うのですが、抜け出さないことを問題としなければそれは問題ではない。もしそれが問題だとしたら、それをなんとか変えるという方法を探すのはありだと思うのです。ただそれが問題かどうかは往々にしてわかっていない。つまりある考え方から抜け出さないことは果たしてどれくらい問題なのかといったときに、その問題の程度を定義できてない人が大勢います。クリエイティビティをどう定義するかなんですけど、毎日10年間同じことをやり続けることをクリエイティブと言う人もいるわけです。何十年も同じことをやっていることをクリエイティブと言う人がいる一方で、それは問題だと思う人もいる。新たな発想を出すとか、考え方を変える必要があるかということに関して一体どれだけのデマンドがあるかを最終的にきちんと定義しないとおそらくうまくいかないですね。」
- 佐野
- 「変化することイコール『クリエイティブ』とは言えない訳ですね。」
- 渡邊
- 「適応パラダイムとしては、情報処理というのがあっても、それは変えることができる、としている。もっとも、変えることが出来ること、そのこと自体がいいわけではなくて、どういう風に変えるか、いつ変えるか、変える必要があるのかということをきちんと考えなければいけないのですね。だから認知科学の考え方として情報処理パラダイムは非常に重要です。さっき言ったHowの考え方。Howの考え方では全然価値判断が入ってこない。良い悪いの問題ではありません。」
- 佐野
- 「善悪ではない。」
- 渡邊
- 「善悪ではない。Whyの方も別に善悪ではない。こうなっているから。適応なのですから。そうなんだけど、そこには個人の人生なのだからとか、善悪の判断が入ってくるので、変えるべきかどうかはまた別の話です。」
- 佐野
- 「それは時代により社会により変わってくる可能性もあります。」
- 渡邊
- 「ありますし、その人の中でも変わりますね。例えば高校生の時にどうあるべきか、大学に入ったらどうすべきか。『べきか』も『どうなりたいか』も。そういうところによって、常に認知バイアスみたいなものを変えるべきかどうかというのはまた別の話です。あることはある。あるというのは善悪とは全く関係なく存在している。だけどそれに対してどのような形で向き合うかというのはまた別な話です。」
- 佐野
- 「よく理解できました。」
渡邊 克巳(わたなべ かつみ)
2001年 カリフォルニア工科大学(Caltech)計算科学-神経システム専攻博士課程修了[Ph.D]
2015年〜 早稲田大学理工学術院基幹理工学部表現工学科 教授
専門分野「人間の顕在的・潜在的過程の科学的解明、認知科学・心理学・脳神経科の境界領域への拡張、実社会への還元を視野に入れた応用研究」