マーケッター・リサーチャーのための心理学講座 第2回<認知心理学とはなにか(前編)>
2016.01.07
認知心理学の人間像
- 佐野
- 「根本の人間像みたいなものはある程度想定されているわけですか?」
- 渡邊
- 「はい。その想定というのは、我々が生き延びるためとか、生活するために必要な情報を取捨選択して、必要な情報をストアして、それを必要において引っ張り出してきて、判断するときはそれに依存するという、情報処理的な人間像です。つまり、単純に入力があって出力があるのではなくて、入力プラスαでいろいろと処理して、それから出力されるという流れです。その意味では、認知は、表象や表現という概念に結びついています。」
- 佐野
- 「前回、行動主義に対するアンチテーゼとして認知革命がおきたという話がありました。その歴史的経緯みたいなものを聞かせていただけますか。」
- 渡邊
- 「行動主義というのは基本的にいまだに結構有効だと思っています。還元主義的な発想であるものを説明できるのであれば、それ以外の余計な説明概念はなるべく使わない、というのが基本的ですからね。心がブラックボックスで説明できるなら、ブラックボックスでよい。ただその時代に、ちょうどコンピュータというものが出てきて、CPUだとか、RAM(ランダム・アクセス・メモリー)とか、情報をストアして操作するような状況が出てきて、人間も同じことをやっているのではないかと考えられるわけです。また、動物実験でも、動物が学習するときに、単に受動的に学習するのではなくて、能動的に学習しているという証拠がある。たとえば試行錯誤学習みたいな感じで、これをやったらダメだから、じゃあ次はこれをやってみようかという仮説検証型の学習を動物もする訳です。そのときに、ある選択肢がうまくいかなかったときに、もう一度全部の選択肢からランダムに試行するかというとそうではなく、こっちがダメだったのだから、次にこっちをやってみよう、という段階的なやり方をする。それを見て、これは頭の中に何らかの形でモデルみたいなものがあって、それをアクティブに調べていく過程というのがあるのではないか、つまり認知というものがあるのではないかと考えたわけですね。そうであれば、頭の中で何らかの形で情報をストアしていると考えなければならないのです。そういう意味ではアンチテーゼというよりも、そういうものを想定した方が、遥かに人間の行動だとか間違え方とか、考え方のバイアスだとか見え方みたいなものを説明しやすいということを思い付いたのでしょう。そこから、人間を情報処理のシステムとして説明したらどうなのだろうと考えたときに、それが上手くいった(少なくとも上手くいったように見えた)ということです。しかも、そう考えると今度はシミュレーションという概念が出てくる訳です。人間の意識だとか、人間の行動だとか認知みたいなものをコンピュータでシミュレートすることも出来る。それで今度は、コンピュータのプロセスとかアルゴリズム自体を研究するっていう別の分野も出来て。それがいわゆる昔の意味での人工知能ですね。」
- 佐野
- 「A・Iですね。」
- 渡邊
- 「はい。今もまた流行ってきているのですが、昔にそういう事をやろうとした人たちがいたわけです。発想としては全く同じ事をやろうとしている。アンチテーゼというよりは独立に出てきて、それが嫌だから反抗してそれに対して文句を言ったというよりは、むしろ違う刺激が入ってきて、それに対して言ったものが、ちょうど行動主義とかそういうものに対する批判のように見えているという状況なのではないかと思っています。」
脳の構造はどう考えられているのか
- 佐野
- 「行動主義的なものの考え方から言うと脳というのはひとかたまりの豆腐みたいなもので、特にパーツごとに機能が分かれている訳ではないと考えていた。一方、コンピュータからのアナロジーで考えると、CPUがあってメモリがあって、感覚器官があって、キーボードみたいな入力装置があってみたいな、脳もそういうパーツパーツで機能別に部分が分かれている、というのが認知心理学の立場と考えてもよいのですか。」
- 渡邊
- 「認知心理学と関連する分野として、神経心理学という分野があります。神経心理学では脳に障害のある患者さんを扱います。そこの中で脳の局在みたいな話が結構出てきます。古くはペンフィールドの脳の体性感覚野のマッピング。手っていうのは(脳の)ここにあって、顔っていうのはここにあって、しかも顔とか手っていうのは(脳のマップでは)すごく大きく表現されている。そのうち、受容野みたいな概念が出てきて、視覚に関して言うと視覚系を調べている人たちが第一次視覚野、第二次視覚野、第三次視覚野と、どんどん高次に行くに従って、いろいろと違うことをやっていることがわかってきました。脳のある場所には主に視覚的運動だけに反応する細胞があって、ある場所には顔に反応する神経細胞があるということもわかってきて、脳のモジュール性みたいな概念が認知科学や認知心理学に出てくる訳ですね。そこだけが壊れるということがありうると。つまり、ある程度機能が独立しているという話です。実はコンピュータも同じで、コンピュータのCPUとメモリがあって、ある部分が壊れたときに、全部がダメになる訳じゃなくて、壊れたところだけ交換すれば大丈夫ですよね。それは情報処理の概念の一つで、情報処理には順番がある。処理がパラレルに行われるとしても、脳のパーツパーツにそれぞれ役割分担があり、それが全体として働くことで初めてこういう行動が出るという概念なのです。そちらの方がブラックボックスとして見るよりは、簡単に言えば面白い。かつ、しかもそれを応用すると、いろんなことが説明出来るよねっていう話だと思うのです。だから、いろんなことがたまたま起きちゃって、それを全部ひとまとめにしたら、それが認知心理学みたいな発想になっていったというのが流れだと思います。」
- 佐野
- 「なるほど。そうすると、意図的に誰かがそうしたということではなく、結果的にそうなったということなのですね。」
- 渡邊
- 「そうだと思います。まあ、強烈な反論をしたいという気持ちもあったかもしれないですよ。情報の貯蔵みたいなものがあったとしても、そんなものじゃ役に立たないと言われていた訳です。心理学者の役割っていうのは、人の行動をどう制御するかの法則を見つけることだけという行動主義的な流れの中で、みんなで頑張ったけれどもその法則はなかなか見つからないし、個人差も大きい。それをどう説明するかという方向において、いわゆる認知心理学というのが出てきたのだと思います。」
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