認知心理学では人間の限界も研究する
- 佐野
- 「ある意味個体差はあるにしても、ベースにある、何か基本機能みたいな、パソコンで言えば最初に買った時についてくるような、最低限必要な機能みたいなのを想定するには、認知心理学のパラダイムというのはすごく都合が良かったと、そういう事でしょうか。」
- 渡邊
- 「そうですね、都合が良かったし、例えば人間があることを出来なかった時、まあ出来た時はいいのですが・・・これは完全に私の解釈なのですけれども、行動主義とかは何が出来るかを説明しようとしますよね。認知心理学では、人間の能力も調べるのですが、人間の弱さみたいなところを調べられるところがあります。人間には何が出来ないのか、出来ないとしたらどうしてなのか?という事に焦点を当てる訳ですね。そのときに情報処理という概念においては、基本的に何が出来るかということに加えて、何が出来ないかっていうことを明らかにするのが重要なポイントだと思います。人間の限界は何なのかとか、あるいはどういうバイアスを持っているかということを知りたい。一方で、行動主義は基本的に学習の理論ですからバイアスっていう発想はあまりなじまない。で、最初からある本能的な傾向と、そこから変わったものに関していちいちなんで?と聞くのが認知心理学と捉えればいいかな、と思います。なんで?と言われたときにそれが学習してこうなったっていうだけじゃなくて、アーキテクチャとしてこうなっているという話をしたりする。それが正しいかどうかを調べていく時にモデルを設定したり、反応時間を取ったり、脳機能計測をしたりして調べていくという形になっています。」
- 佐野
- 「認知とは何かということはだいたいわかったように思います。次に、認知心理学に言う、情報処理パラダイムについて伺いたいと思います。いわゆる我々が慣れ親しんでいるパソコンのような入力があって、記憶・メモリがあって、情報処理装置があって、そこから出力の装置があると。そういうようなインプットから出力までみたいな、そういう風なモデルを考えればいいのでしょうか。」
- 渡邊
- 「モデルとしてはそうですね。入力があってそれを記憶するものがある。それから記憶の『操作』という概念が出てくるのですね。情報を受け取ると、それを受け取る、貯蔵する、それを引き出す、それを操作する、さらにそれらに基づいて判断して行動する、というのが入っています。それはコンピュータがやっていることとほぼ同じです。このような概念装置をもって議論するとわかりやすい。そういうものを持っているものと仮定して実験してみると、まさにその通りの結果が出てくる。情報処理モデルとして人を見るというやり方は、いまだにメインストリームなのかなとは思います。」
我々は常に選択をしている
- 佐野
- 「情報処理パラダイムで一番重要な概念はなんでしょうか。」
- 渡邊
- 「情報処理パラダイムで重要な概念は多くありますが、最初の段階ではフィルターという概念。つまり選択です。これは非常に重要で、物を見ているとか認知するときに我々は常に選択をしています。このフィルターという概念は、注意という概念とよく対応します。」
- 佐野
- 「そのフィルタリングに対応するのは、先に出てきた『知覚』ではなくてもう少し高次のものだっていうことですか。」
- 渡邊
- 「注意が知覚に必要であるという議論もありますし、知覚そのものもフィルタリングとはあまり違わないという話も当然あります。第一視覚野の機能の一つは完全に視覚入力をフーリエ変換しているのと同等であるという話もあります。ただ認知過程で扱うフィルタリングは生体にとって意味のある情報をピックアップするという意味での、もう少し能動的なフィルタリングです。そこで注意という概念が出てきます。注意のモデルとして、スポットライトとフィルターという概念がある。つまり我々は情報を能動的に取り入れているということです。そのあとに今度は、情報のストアという概念が出てきます。入ってきた入力に対して出力しておしまいではなく、入ってきた情報を出力する一方で、溜めておく。つまり記憶、コンピュータのアナロジーで言えばメモリですね。」
- 佐野
- 「ただ、コンピュータのRAMは複雑な事をしていなくて、入ってきたビットをただ溜めるだけなのですが、今のお話の『注意』というのはもう少しそれ自体に情報処理の概念が入ってくる意味合いがありますよね。例えばフィルタリングとか選択とか。」
- 渡邊
- 「そうですね。RAM上で複雑なことができるというのはむしろ作業記憶の発想だと思うのです。コンピュータでいうRAMに対応する概念装置は2種類あって、ひとつは感覚記憶と呼ばれている、ただ入ってきたものをそのまま溜めておくもの。それとは別に人間の場合はその上でいろいろな操作をするRAMも存在して、そちらは作業記憶に近い。記憶にも段階があって、順番に流れていく。処理の流れは、パラレルだったり、シリアルだったりするのですが、これをやってから、これをやらなきゃいけないという順番をきちんと知りたいというのが情報処理パラダイムになります。最終的にはフロー図みたいなものを書いて人間はこうなっています、ということを書きたいという夢が昔はあったと思うのです。今はあまりに複雑すぎてそういうことをやろうって人はいないと思いますが。」
- 佐野
- 「それはやりきれないし証明もできないから、ということですか。」
- 渡邊
- 「やりきれないことはないと思うのです。例えば今の人工知能ではそういうことをスパッと切り分けて、機械学習的な話でガンガンやっていればあたかも人のようにふるまうものができちゃうという考えですよね。ある意味、行動主義と人工知能を無理やりくっつけたよう形になっています。振る舞いとしてそう出ていればまあいいじゃない、と。そのうちもしかしたら機械の中に意識ができちゃうかもしれない。それはそれでアリだと思う。」
- 佐野
- 「ちょっと話は飛びますけど、今またいわゆる人工知能が注目されてきていて、GoogleがすごいAIを作ったり、シンギュラリティとか言われたりするじゃないですか。シンギュラリティっていうのはどういう発想なのでしょうか。」
- 渡邊
- 「シンギュラリティというのは面白い概念で、技術がある位程度の量を超えると質になるっていう発想ですよね。今、人工知能がどんどん頭がよくなっていて、例えばGoogleは検索力がどんどん高まってきている。どんどん知識を溜めていくとある一定の時点で人間の知性を超えて『強い人工知能』になるのではないかというのが、人工知能におけるシンギュラリティの使われ方ですね。」
渡邊 克巳(わたなべ かつみ)
2001年 カリフォルニア工科大学(Caltech)計算科学-神経システム専攻博士課程修了[Ph.D]
2015年〜 早稲田大学理工学術院基幹理工学部表現工学科 教授
専門分野「人間の顕在的・潜在的過程の科学的解明、認知科学・心理学・脳神経科の境界領域への拡張、実社会への還元を視野に入れた応用研究」